🍜🐾 スコティッシュフォールドの子猫、ラーメン二郎に行く
午前十一時の商店街。
アスファルトの上で、まるまるしたスコティッシュフォールドの子猫が立ち止まっていた。
灰色と白の縞模様の毛が、日差しを受けてふんわりと光っている。
まんまるの黒い瞳には、黄色い看板が映っていた。
──「ラーメン二郎」。
強烈な香りが風に乗って鼻をくすぐる。
にんにく、スープ、背脂。
それは猫にとって未知の世界の香りだった。
「ここがウワサの場所か……」
心の中でつぶやいて、子猫はしっぽをぴんと立てた。
期待とちょっぴりの緊張が入り混じる。
人々の足の間をすり抜けて、黄色いのれんの前まで進む。
ガラスの向こうには、うつむいた人たちが無言でラーメンをすすっていた。
その真剣な空気に、子猫はごくりと唾をのむ。
「よし、いってみよう」
のれんをくぐると、目の前には巨大な券売機が立っていた。
ボタンがずらりと並び、どれも光っている。
椅子を見つけた子猫は、えいっと飛び乗って、前足を伸ばした。
「どれを押せばいいのかな……?」
一番上の黄色いボタンを、ぷにっと押す。
「ガチャン」
音とともに、食券が出てきた。
子猫はそれを口にくわえて満足げに頷く。
カウンターに座ると、緊張した面持ちで周囲を見渡した。
湯気の中で動く人の手、鍋の音、香ばしい匂い。
「二郎の空気って、こんなにすごいんだ……」
店員さんが近づくと、子猫は両前足で食券を差し出した。
「ニンニク、入れますか?」
声に反応して、子猫はこくんとうなずく。
その小さな動作に、周りの客が思わず微笑んだ。
しばらくして、カウンターの向こうから湯気の山がやってくる。
どんぶりが目の前に置かれた瞬間、子猫の目がまんまるになった。
「……お山だ」
もやしが山のように盛られ、その下には分厚いチャーシューが眠っている。
丼は自分の顔よりも大きく、湯気がふわりと鼻先をくすぐった。
「すごい……これがラーメン二郎!」
思わず両前足をテーブルに乗せ、真剣なまなざしで見つめる。
箸を両手に持つと、少しだけ震えた。
「上手に食べられるかな……」
ぎこちない動きで麺を持ち上げ、顔に近づける。
熱気が頬に当たり、目を細めながら、ずるずるっと一口。
──熱い!
でもおいしい!
濃厚なスープの旨味が、舌の上で広がる。
目の前の世界が一瞬止まったように感じる。
夢中で麺をすすり、もやしを噛み、チャーシューに挑む。
途中で顔に麺がぺたっと貼りついて「にゃっ」と慌てたり、
もやしを飛ばしてしまって恥ずかしそうに周りを見る姿も、どこか微笑ましい。
やがて、どんぶりの中はスープだけになった。
子猫はふうっと息をつき、お腹をぽんぽこりんに膨らませたまま、幸せそうに座っている。
茶色のどんぶりの底には、まだ少しだけ湯気が漂っていた。
店内の照明がやわらかく反射し、まるで夕暮れのようにあたたかい。
しばらく目を閉じていた子猫は、ゆっくり立ち上がった。
後ろ脚だけで、ぷるぷると体を支えながら、胸の前で両前足を合わせる。
「ごちそうさまでした」
その姿はまるで小さな人間のようで、店内の空気がふっと和らぐ。
カウンターの向こうで店員さんが笑顔を向け、「よく食べたね」と小声でつぶやいた。
子猫はこくりと頷いて、椅子からぴょんっと降りる。
黄色いのれんをくぐり、夜の空気の中へ出ると、冷たい風が気持ちよかった。
お腹がいっぱいで、少し重たい体を引きずるように、商店街を歩き出す。
遠くの屋台から漂う焼き鳥の匂いに、鼻をひくつかせながら。
行き交う人々の間をすり抜け、石畳の道をトコトコ進む。
街の明かりが子猫の背中を照らし、丸い影が長く伸びる。
お腹がぽっこり膨らんだその後ろ姿は、まるで幸せのかたまり。
振り返ることなく、子猫はまっすぐ前を向いて歩いていく。
「また食べに来よう。次はつけ麺かな」
そんなふうに心の中でつぶやきながら。
夜風にのって、二郎の香りが少しだけ背中を押した。
子猫のしっぽがふわりと揺れる。
その姿を見ていた通行人が小さく笑った。
──満腹で、満ち足りた小さな冒険者。
小さな体で大きな丼に挑んだ子猫の一日。
そこには笑いも、癒しも、少しの勇気もあった。
「食べるって、幸せなことなんだにゃ」
そんな言葉が聞こえてきそうな、静かな夜。
街の灯りの中で、子猫の姿がゆっくりと遠ざかっていく。
まるで物語の終わりを告げるように、ラーメン屋の看板の光が、少しだけ瞬いた。
──スコティッシュフォールドの子猫、今日も満腹で幸せです。

